幸区ミニ歴史ガイド

幸区役所のご協力で頂いた資料、「さいわいミニ歴史ガイド 〜近代120年のあゆみ〜」をご紹介します。
発行:幸区区政推進課


−その昔、小向のあたりは梅の美しく咲き匂う里として知られていました。
明治17年に天皇が観梅のために行幸(みゆき)(御幸)されました。このことから
明治22年に町村制が敷かれたときに「御幸村」と名づけられました。
昭和47年に川崎市が政令指定都市になり、区制を施行したときに「御幸」にちなみ「幸区」としました。
古代からの歴史を持つ加瀬山(夢見ヶ崎公園)と母なる川・多摩川に抱かれて幸区はいまや
国内外の先端技術と文化の集積地としてめざましく躍進しています。


御幸公園の記念碑
明治17年/
明治天皇が小向梅林に行幸する
明治21年/
横浜煉瓦製造所が戸出に設立される
明治22年/
中丸子、上平間、塚越、古川、戸手、小向、南河原の8ヶ村と砂子町など5飛び地が合併し、御幸村となる
明治39年/
横浜精糖(後の明治精糖)が南河原にできる
明治41年/
東京電気川崎工場(後の東芝堀川町工場)が南河原にできる
大正7年/
日東製鋼川崎工場が現在の河原町にできる
大正10年/
戸手浄水場ができる
大正12年/
関東大震災起こる(川崎地域の死者383人)
大正13年/
川崎町、大師町、御幸村が合併して川崎市が誕生する
(年末の人口50,188人)
大正14年/
明治製菓が明治精糖の隣接地にできる
昭和2年/
南武鉄道が開通し、川崎〜登戸、矢向〜川崎河岸間を結ぶ
新鶴見操車場の本格的な工事が始まる
昭和4年/
南武鉄道の川崎〜立川間が開通する。新鶴見操車場が完成する
昭和8年/
大宮町、幸町、中幸町、南幸町、柳町の地名を実施する
昭和11年/
国道1号の起工式を小向川崎ゴルフ場で行う
東京電気無線柳町工場(現・東芝柳町工場)が操業を始める
昭和12年/
秋田工場(現・古河鋳造)ができる。東京電機無線小向工場(現・東芝小向工場)が操業を始める
昭和13年/
南河原尋常小学校開校する

操車場周辺の風景

夢見ヶ崎公園
昭和14年/
池貝鉄工所川崎発動機工場(後の神明工場)が操業を始める。芝浦マツダ工業(後の東芝タンガロイ)が鹿島田駅近くにできる
昭和15年/
日立工作機川崎工場(後の日立精工)が鹿島田で操業を始める。
三菱重工業東京機器製作所(現・三菱自動車工業)が鹿島田で操業を始める
昭和17年/
加瀬山西部で秋草文壺(国宝)出土する
昭和19年/
川崎市中央市場を南幸町に開設する(現・中央卸売市場南部市場)
昭和20年/
4月15日、川崎大空襲起こる
昭和24年/
多摩川大橋完成する
昭和25年/
加瀬山が夢見ヶ崎公園となる
昭和29年/
古市場ポンプ場、戸手ポンプ場を設置する
昭和30年/
国道1号が全線開通する
昭和34年/
川崎駅ビル全館完成する
昭和35年/
夢見ヶ崎公園内に川崎市戦没者慰霊塔が完成する
昭和38年/
御幸警察署(現・幸警察署)を都町に設置する
昭和41年/
南武鉄道が全線複線化する
昭和44年/
東京製綱が茨城県土浦市に移転する
昭和45年/
南武線川崎河岸線廃止する
昭和47年/
川崎市が札幌、福岡とともに政令指定都市となり、区制が敷かれ、幸区が誕生する
夢見ヶ崎公園で小動物園の開園式を行う
昭和48年/
日吉出張所が現在の南加瀬に移転する
川崎市の人口が百万人を超える

日吉出張所

石川記念武道館
昭和50年/
幸区役所が現在の戸手本町に移転する
昭和51年/
南武線川崎河岸線跡にさいわい緑道ができる
昭和52年/
石川記念武道館ができる
昭和55年/
幸文化センター(市民館・図書館)ができる
横須賀線が新鶴見操車場構内を通り、新川崎駅ができる
明治精糖が千葉市に移転する
昭和56年/
日立精工が神奈川県海老名市に移転する。跡地に高層住宅建設が進む
昭和60年/
幸スポーツセンターができる
昭和63年/
川崎駅東西自由通路ができる
パークシティ新川崎ができる
平成7年/
市立看護短期大学開校する(幸区小倉)
平成15年/
ミューザ川崎が竣工する
平成16年/
川崎市制80周年を迎える
ミューザ川崎シンフォニーホールが開館する
※幸区役所ホームページにも、年表資料があります。こちらをクリックしてください。