「ありがとう、さようなら、高田。」


高田天満宮と狛犬 僕は、昭和51年12月3日、この世に生を受けました。
千葉の農家から出てきた両親が、子どもの環境を考慮して選んだのは、
神奈川県横浜市港北区にある、高田という町の、早渕川沿いの土地。
土手はまだ舗装されていない、土だけでできた、手作りの堤防でした。
ポンプ場はもちろんありません。ハイタウンもありません。
対岸の新吉田第二小学校だってまだなかったのです。
倉田屋は文字どおりの小さな倉。近所は畑ばかり。

夏は、家の明かりにカナブンやクワガタ、カブトムシがまだよってきた時代。
ファミコンもない、携帯どころかポケベルもない、いや、写真がやっと
カラーになった、そんな時代だったのです。

「およげ!たいやきくん」が流行し、王貞治が700号ホームランを打ち、
田中角栄は逮捕され、中国では毛沢東と周恩来が死去。
モントリオールオリンピックではルーマニアのコマネチが話題独占。
日本では白樺派の武者小路実篤が死去し、アメリカではカーター大統領就任。
年末の紅白は、南沙織「哀しい妖精」に、山口百恵の「横須賀ストーリー」。
西城秀樹「若き獅子たち」に、村田英雄の「男の土俵」。

そんな昭和51年に生まれ、育ち、1度足りとも町外に出ることのない高田での
27年間を、今、ここで、僕は振り返りたいと思うのです。



ヤッターマンやデンジマン、サンバルカン、ムテキングなどのTV番組を見ながら、
僕は光明幼稚園に通い、そのまま高田小学校、高田中学校へと進学。
その15年間、基本的に町を出るのは、
買い物や習い事で綱島に行く時だけでした。
それは、外から見た高田を知らない時代だったと言えます。

僕は、高田が好きでした。
新しい友達ができれば、未踏の町内エリアに行く機会も増える。
それは、新しい高田の発見。

なんとなく工場が多そうな所、
なんとなく、大きな家の多いところ。

「優劣」ではなく、絶対的な価値判断で区別していたなぁと、
振り返って思います。

高校に行き、他の町や区の友人ができ、大学に行き、他の県や国の友人ができ、
高田町は相対的にどんどん小さくなっていき、外からみた高田を知るようになりました。

しかし、僕にとっての絶対的な高田の存在は、
その大きさも価値も、変えることはなかったのです。



高田興禅寺の鐘
横浜市立高田小学校校舎とポプラの木 高田で僕は、どれほど泣き、どれほど笑い、
どれほど苦しみ、どれほど成長したでしょう。
目を閉じれば、高田町のあっちこっちで、走って転んだり、いじけたり、
口喧嘩をしたり、恋をしたり、人に迷惑をかけたり、良いことをしたり、
思い出に残る夜を過ごしたり、大怪我をしたり、雨の中を歩いたり、
恋人と手を繋いだりしている自分の姿が浮かびます。

そして、この狭い町の中で出会った人々の顔。もう亡くなっている方、
立派に成長し、独立した同級生、お世話になったたくさんの先生方や地域の方々。
若い頃の両親や妹たちの姿まで、あわせて浮かんでくるのです。



すべては夢のようですが、確かに僕は、この土地で、これまでの自分の人生の
全ての時間を過ごしてきたのです。すべての思い出の延長線上に、今の僕がいるのです。
僕は、町に守られてきました。町に育てられてきました。
町に愛され、町に鍛えられ、町に癒されてきたのです。
だから、高田町、本当にありがとう。

もう戻って住むことはないかもしれない、
また住むかもしれない。
どちらにしても、今はただ、別れの時。



高田西、倉田屋バス停綱島日吉方面
地下鉄高田町駅工事現場 高田町は今後数年で、大きく様変わりしていきますね。
その事実があることを、僕は受け入れなくてはなりません。

もう、子供の頃のように、家の明かりにたくさんの虫が集まることはなくなりました。
近所で、大勢の子どもたちが鬼ごっこをする光景も、過去のものになりました。
バスに乗れば、携帯を操作し続ける人々がいるのが、通常の光景になった。

それが現実です。数年後に高田に地下鉄が通ることも、ほぼ確実です。
その駅から、新しい高田のエネルギーが生まれるでしょう。



ただ切に願うのは、そのエネルギーが、
高田を破壊するものでなく、作りあげるものであること。
人口増加が、地域社会を崩壊させるのではなく、密にするものであること。

虫の数は減っても、人の笑顔の数は、減らないでほしい。
緑は減っても、その美しさは、衰えないでほしい。
今後なんど足を踏み入れても、僕を育て、愛し、僕もまた愛したこの「高田」が、
「高田」であり続けていてくれれば。それが僕の、手前勝手な願いです。

それはともかく、僕は2003年12月末、あなたから離れるのです。

ありがとう、ありがとう。これからも、頑張って。僕も、頑張るよ。

さようなら、僕を作り上げた、高田町。

今はただ、さようなら。
高田の街角の花


2003年12月
高田で生まれ育った1人の男、記す