高田町内会会長 取材記録

2003年10月5日、朝9時から10時半まで、1時間半もの時間をとって頂きました。
最初は「30分頂きたい」とお願いしたのですが、気づいたらその3倍の時間がたっていました。
突然のお願いを快く受け入れてくださり、たくさんの質問にも、1つ1つ丁寧に答えてくださいました。
高田と、その自治会というものの理解が深まる内容になっています。

▼高田中学校ができた経緯
昭和56年
新田中学校が過密状態になってきたことから、
新しい中学校の設置を、地域として正式に要望

昭和60年
建設場所が決定

昭和61年
「高田中学校」の名称が決定

昭和62年7月25日
高田中学校に係る横浜市立学校条例が、
市長名で公布

昭和63年10月29日
校舎落成記念式典
▼町内会の仕組み
港北区には、13の地区があり、高田町内会は、そのうちの1つです。
高田町内会には、28人の役員がいて、月2回、天満宮の研修所でミーティングを行っています。
役員には、会長、副会長、会計、理事、評議員、監査の種類があります。
また、高田町は8つの自治会で構成されています
=天満宮前第二住宅/富士見台住宅自治会/長円寺住宅自治会/白坂台住宅/天満宮前第一住宅
/丸山住宅/天沼住宅/たつみ台住宅
(港北区内には、約150の自治会があるそうです)

▼具体的な活動
1.総務部
【町内会規約】
会員との連絡、各部との連絡統一、広報に関する事項、簡易保険の保険料団体払込制度を利用することに関すること及び他の部に属さない事項
⇒たとえば…
高田町内約7000ある世帯のための回覧版を作っています。膨大な紙媒体の仕分けが本当に大変だそうです。
町内会のホームページができると、もう少し楽になるかもしれませんね。


2.防火防犯部
【町内会規約】
街灯の設置管理、夜警計画、防火諸施設の確保、区域内青少年補導、其の他防犯防火に関する事項
⇒たとえば…
町内約600の街灯(防犯灯)の管理。もし切れた街灯をみつけたら、自治会の担当か、請負業者に直接連絡をすることになっています。
電柱番号を確認してもらえると、スムーズだそうです。そんなものがあったんだ…

3.保健衛生部
【町内会規約】
各種検診を中心に保健衛生の意識向上、道路下水の清掃維持管理、伝染病予防大掃除、蚊、蝿、鼠の駆除に関する事項
⇒たとえば…
検診の案内、当日の進行やとりまとめ、区からの伝達事項の周知などが主な活動です。

4.福利厚生部
【町内会規約】
日赤並び共同募金、敬老会、生活改善、地域内グループ活動の推進、文化活動、社会福祉活動に関する事項
⇒たとえば…
9月15日の敬老の日に、町内のご老人にお茶を無料配布しています。現在町内の対象となるご老人は約1000人だそうです。

5.交通部
【町内会規約】
交通安全施設、其の他交通に関する事項
⇒たとえば…
交通災害共済の下部組織としての活動がメインということです。⇒交通安全共済HPへ

6.体育部
【町内会規約】
スポーツレクリエーション等社会体育事業、青少年スポーツクラブ活動の推進協力、並びにスポーツに関する研修事業計画策定及び実施に関する事項
⇒たとえば…
なんといっても健民祭の主催がメイン。2003年で30回目!2001年からは会場が移動。高田小学校から、高田中学校に替わっています。

▼最近の議題 ▼スクールゾーン対策協議会
平成17年から始まる、ゴミの完全分別について。
新横浜一丁目が、現在モデル地区となっているそうです。
ちなみに、ゴミ捨て場にある分別のお知らせ看板は、
区から無料配布されるのだそうです。

高田小学校などで行われるもので、
通学路の道路標識などに関しての話し合いをする場です。
会長はもちろん、交通部員や土木業者も参加します。
▼農業振興地域 ▼高田町の祭り
高田小学校周辺に広がる農場は、農政事務所から「農業振興地域」として指定されているため、簡単に農業をやめることはできません。しかし、農業を次ぐ次世代は皆無に等しいため、管理するのはご老人しかいません。結果、きめ細かいマネジメントは難しくなり、雑草などを常に処理することはほぼ不可能に。ところが、農政事務所から指導を受けてしまうので、モチベーションが下がる、といった、思わしくない状況があるようです。
参考HP

お祭りは、町内それぞれの自治会が主催しています。昔から、祭り1つ1つはそれほど派手ではないため、ここ数十年は、特別変化もなく、文化的な維持については問題ないようです。
▼昭和30年代の高田 ▼戦争中の空爆
この頃から、東急による開発がはじまったそうです。それ以前は、高田中央病院周辺も、倉田屋も、早渕川沿いも、東山田にいたるまで、見渡す限りの田んぼ地帯だったということです。僕が生まれた昭和51年当時は、すでにほとんど田んぼは見当たりませんでしたから、わずか20年足らずの間に、高田の風景は一変したということなのでしょう。

宮田さんご自身は海軍兵士として出征されていたため、聞いた話だそうですが、高田にも機関銃射撃など含む空爆があったそうです。爆風で、足踏み脱穀機が飛ばされ、木の上にのっかってしまったといいます。
▼高田の今後 ▼高田の子供の変化
地下鉄完成に伴い、駅前広場ができ、そこがバスターミナルになるということです。宮内新横浜線も今後延長されることで、交通環境が一気に整備されますから、この10年で、高田はまた、大きく変わっていくだろうとおっしゃっていました。
⇒「宮内新横浜線」参考HP1参考HP2
自由主義は素晴らしいけれども、一方で、自主性、自律性が失われ、勝手気ままな子供が増えた印象だそうです。教員も含め、親世代が、子供と友達として付き合うのではなく、威厳を持った態度で接することが大切だ、と。


▼取材後記
前代が市議会議員になった関係で、周囲から推挙され会長になったのが平成元年。町内会には40年間関わってこられているということです。

3日に1度は区役所へ行き、防犯協会会長、観光協会会長など、多くの役職を担われている、とっても元気で、エネルギーと責任感に溢れる会長さんでした。自分の町の会長さんが、こんなに素晴らしい人だと知ることができただけで、とてもうれしい気持ち、安心する気持ちになれました。
突然の、見ず知らずの男からの電話にも、あたたかく応じてくださり、翌日の朝9時という早い時間からお会いになってくださいました。「で、あんた、なにを商売にされてるんだね」「あ、いやいや、商売じゃなくて、個人的な趣味なんです」の会話が、特に印象的でした。

自分の祖父の家に来ているような、なつかしい気持ちになりました。奥さんも、いわゆる「町のおばあちゃん」的な方。正直言って、帰りたくなかったです(笑)。休日の朝早くから、大変お邪魔いたしました。

これからも、ますますお元気で!



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